#03
HIROMU  INADA
稲田 弘 | HIROMU INADA

常に自分の身体と向き合い、仲間とともにトライアスロンを続けて、生きていく。

トライアスリート
稲田 弘

稲田さんは、現在92歳で世界最高齢の現役トライアスリート。60歳まではNHKで社会部記者として勤務したのち、本格的にトライアスロンをはじめたのは70歳から、という、驚異的という言葉では表現できないほどの経歴を持っています。2012年に79歳で挑んだ世界選手権は、年代別クラスで初優勝し、この記録は現在も破られていないそうです。

その後も同大会に9年連続で出場し、最高齢アイアンマンレース(総距離226km)完走記録は、ギネス世界記録にも認定されています。ほかでは聞いたことがない経歴を持ち、ご活躍をされ、92歳を迎えても競技に向き合い続ける稲田さんに、ご自身のこと、日々を気をつけていることなど、いろいろなお話をうかがいました。

定年後からの成長を楽しむ。

トライアスロンをはじめることになった一番最初のきっかけは、NHKを定年退職後、難病で自宅療養をしていた妻の介護をしていた時期です。介護をするなかで、自分の健康にも意識して運動をしようと思い、自宅の前のジムで水泳をしはじめました。いま思うと、そのジムも僕のためにできたんじゃないかと思うようなタイミングで、定年退職の3日後にジムがオープンしたんです。それで、最初はお客さんもいなかったので、プールも貸し切り状態でジムのインストラクターの方と僕だけで。それで、2人なので、その方に泳ぎ方を教えていただいたら、どんどん速く泳げるようになってマスターズの大会に出場できるくらいになって。そこから、いろいろなつながりがあって、アクアスロン(スイム+ラン)の大会、トライアスロン、距離を延ばしてアイアンマンレースと、現在につながっていきました。

稲田 弘 | HIROMU INADA

失敗から学び、変化を続ける。

もちろん、記録が伸びていくだけではなくて、挫折も経験しました。そのなかでも転機になった大きい挫折が2回。1つは、76歳のときです。それまで、大会ごとに距離を延ばしながらも年齢別クラスで優勝していき、順調だと思っていたなかで初めて挑んだアイアンマンレースに出場したときです。制限時間に間に合わないからと、ランの途中で失格になってしまったんです。あまりのショックに立ち上がれず、しばらく座ってうなだれていましたね。完走できなかったことが悔しくて悔しくて。
ただ、それがきっかけで稲毛インターナショナルトライアスロンクラブ(オリンピアンも輩出している名門クラブ)に参加させていただき、独学ではなくチームで学びながらトライアスロンをするようになり、できることも増えていき、よりトライアスロンにのめり込みました。
2つ目は、79歳のときです。また順調に成長を感じながら、出場権も獲得することができ、初めて挑んだ世界選手権で、序盤のスイムでリタイアしてしまいました。その際は、準備で失敗してしまい、とても惨めな気持ちになり、稲毛インターで知り合っていた山本淳一コーチ(現役トライアスリート兼コーチ)にハワイから電話して「稲田さん、日本は夜中だから」と言われながらも、リタイアした際の話を聞いていただきました(笑)
それがきっかけで、今も山本コーチには二人三脚といえるくらいずっと一緒にいていただき、お世話になっています。

稲田 弘 | HIROMU INADA
稲田さんの“MY NICE ITEM”

稲田さんのMY NICE ITEM・バックパック
ハワイのアイアンマンレースに、最初に出場した際に記念品としていただいたバックパックです。毎年参加するたびに、その年の参加記念として、新しいバックパックをいただくのですが、これが一番気に入っています。大きさだったり背負ったときの感覚だったりが一番フィットするんですよね。
今でも、遠征に行くとき、大会に行くとき、いつも使っているので、今の僕にとって、なくてはならないものの1つです。

稲田 弘 | HIROMU INADA

365日、休まないことが大切。

普段は、チームでのトレーニングにくわえ、1人のときも家の周辺でトレーニングをしています。常に身体を動かしていないと、やはり衰えてしまうので、毎日休まないということは意識して過ごしています。
家の周辺でトレーニングをする際には、家から15キロくらいのところに妻のお墓があるので、そこまでの道のりを広い道をずっと行ったり山沿いを選んだりして。その日の気分で道を選んで、途中でお昼ごはんに美味しいものを食べるというかたちで楽しみながら身体を動かしています。

稲田 弘 | HIROMU INADA

身体と向き合い、成長を続ける。

スポーツ以外でいうと、最近はギターを弾いています。よくピアノやギターを弾いているのですが、今はピアノがないので。昔、大学の友人とコーラスグループを組んでいて、その頃から音楽が好きで、いまも、新しい曲でも譜面を見ればすぐに弾くことができますね。
また、家にいるときは、必ず自炊もしています。野菜スープを中心にいろいろな食材を食べるようにしています。
ただ、楽器も料理もそうですが、そのなかでも、身体をどう動かすか、ということは意識しながら動いています。たとえば、ギターの弦を押さえる指の動きに意識してみたり、包丁を必要以上にギュッと握って握力を鍛えてみたり。
これは、普段の練習中もしていて、特に、バイクの練習中は考えながら走りやすくて。長い距離を走るのは同じでも、今日はももの内側の筋肉を意識して走ってみようとか、膝の上の筋肉を使ってみようとか、意識を変えながらトレーニングすることで、足の使い方がスムーズになることに気づいて、自分自身の成長を感じることがあります。練習はそういった部分が楽しくて、もちろん、年齢とともに老いを感じる部分はありますが、技術や経験という意味では、まだまだ成長できるし、成長できているなと感じています。

稲田 弘 | HIROMU INADA

応援を力に、明日も走り続ける。

トライアスロンの楽しみというよりも、義務感に近いのかもしれませんが、いろいろな方に応援していただいて、山本コーチをはじめとした仲間がいて、僕はいまトライアスロンをして生きているので、そういった方々のためにも、大会に出て、結果を残していきたいと思っています。
この前、優勝した宮崎での日本選手権(2024年11月 / 年代別クラス)でも、オリンピアンの方に「すごいいいフォームだったね」と言っていただいたのですが、僕は普段はいいフォームではないんです。でも、ゴールが近くなってきたときに、沿道の方がたくさん応援してくれて。それで、もう終盤だったので、本来タイムは落ちてくるはずだったのですが、フォームも良くなりどんどんタイムもあがっていって。本当に、応援が力になりますし、トライアスロンも精神面が大切だなと思っています。
2015年に、いつもより10分制限時間が短かった世界選手権で5秒足りずに失格となった大会があったのですが、その際のニュースや動画がきっかけで、いまでは世界中に応援してくれている方がいます。そういった方々にいつも力をいただいているので、これからも走り続けたいですね。

稲田さんの“これから”

ひとつひとつを重ね、
100歳まで続ける。

とにかく1日1日、という気持ちですが、まずは今年の大会で結果を残すために頑張りたいです。ただ、今はケガをしていることもあり、身体と相談しながらですが、一番直近では、4月の石垣島で行われる大会に挑戦したいと考えています。
また、僕は、ケガはたくさんしますが、病気は全然しないので、長い視点で言うと、100歳までトライアスロンを続けたいと思っています。(本当は、110歳までも続けられるのでは、と思っていますが 笑)

ANOTHER STORY